【掃除】は“善”か?②
(つづき)
と言いますのも、
実際には、日本でも、
【掃除】は“労働”
という価値観は、現実にあるのです。
【私の経験】
“若い頃、地域の若い連中が集まって、何か、ボランティアをしよう”
という話になった。
そこで、真っ先に思い浮かんだのが、
“公園の掃除”でした。
私も含め、多くのメンバーが、“それはいい・・・”
と、賛同しました。
いざ、実行しようとすると、
「公園は市が管理しているので、一応は報告した方がいいんじゃないか・・・」
という意見が出ました。
さっそく市に報告すると、
「それは困る・・・」
と言われたのです。
私たちは、“不思議”な気持ちになりました。
“いいこと”やるのに、
なんで、“困る”のか、理解できませんでした。
市の担当者は、
「公園は、管理計画に基づいて、掃除を含め管理しています。地域の町内会とも連携しながら、掃除や植木の剪定を行っているので、勝手に掃除されても困る・・・」
という回答だったのです。
今でも、
“それにしても、町内会の掃除とは別に、ボランティアが掃除したって、問題ないじゃないか・・・”
と思います。
しかし、そこには、
勝手にはできない“理由”があるみたいです。
まあ、ど~~~~~しても、掃除したかったら、
そういう市を説得してでも、
掃除することもできたかもしれませんが、
たかが、ボランティア。
他のことを探そう・・・
ということになり、
結局は、【掃除】案は、ボツっっっっ!!
他のボランティアを探すことになりました。
(つづく)
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